患者安全国際共同行動
WHO「安全な手術のためのガイドライン」について
新潟県立六日町病院 麻酔科 市川高夫
WHOは、世界中で患者に対する安全の方策が不適切なために多くの人が被害を受けているという事実に基づいて、医療の安全と監視システムの強化を世界の国々に急がせる決議を2002年に行いました。
最初の患者安全への挑戦は「医療のための手指衛生ガイドライン」で、2009年の初めにファイナルがWHOのホームページに紹介されました。このガイドラインにはフルバージョンと、サマリーバージョンがあります。WHOは、実際の手洗い・手指消毒の順守がいかに困難であるかを理解しており、医療施設・医療職員が手指衛生を順守する文化を築く手助けとなる多くのツールも紹介されています。
次の「世界的患者安全の挑戦」に選ばれたのが「手術安全」でした。これは2007年から簡単な小冊子とチェックリストという形で紹介がなされ、何回かの改定が数か月単位で行われました。当初は有名な「タイムアウト」が書かれていましたが、最終のチェックリストには「サインイン」は「麻酔導入前」、「タイムアウト」は「皮膚切開前」、「サインアウト」は「患者退出前」と、意味を取り違えないように直接的な表現になっています。このチェックリストは、外回り看護師または決められたコーディネーターが行うようになっています。
実際運用した経験からは、日本のヒエラルキー文化を超えて行うには、まず麻酔科医、そして各科のトップ、さらには病院の長・理事が実行するという強いリーダーシップが必要です。このチェックリストをそれぞれ1分以内にまじめに行うことで、大きな事故につながる情報を拾い上げることができます。一度、人工物埋入、開心術、開頭術を含む清潔手術での手術部位感染や部位間違いなどが発生すると、術者を含め、病院にとって非常に重い事態となります。そのかなりの部分がこのチェックリストと手術安全ガイドラインの利用で防げるとしたら、術者・病院のみならず、患者においてもその恩恵は計り知れません。
チェックリストに載っていない重要事項についてもこのガイドラインには書かれています。手術安全のガイドラインはファイナルが2009年10月に発表され、その日本語訳は2010年2月に新潟県立六日町病院のサイトに公開されています(WHO「安全な手術のためのガイドライン」2009日本語版)。手術安全には様々な項目がありますが、ここでは大きく10項目に分けて詳説されています。
(1)チームは、正しい患者の正しい部位を手術します。
(2)チームは、患者を疼痛から守りながら、麻酔薬の投与による有害事象を防ぐことが分かっている方法を用います。
(3)チームは、命にかかわる気道確保困難もしくは呼吸機能喪失を認識し適切に準備します。
(4)チームは、大量出血のリスクを認識し適切に準備します。
(5)チームは、患者が重大なリスクを持っていると分かっているアレルギーあるいは薬剤副作用を誘発することを避けます。
(6)チームは、手術部位感染のリスクを最小にすることが分かっている方法を一貫して用います。
(7)チームは、手術創内に器具やガーゼ(スポンジ)の不注意な遺残を防ぎます。
(8)チームは、全ての手術標本を確保し、きちんと確認します。
(9)チームは、効果的にコミュニケーションを行い、手術の安全な実施のために極めて重要な情報をやりとりします。
(10)病院と公衆衛生システムは、手術許容量、手術件数と転帰の日常的サーベイランスを確立します。
悲惨な結果を招く患者・部位間違いから、日本ではなかなか「なくすことは無理」と思われている「手術部位感染」も含め、多くの「防止できる事故を防ぎ患者安全を図る」方策として、その検証と公衆衛生システムを巻き込んだ、地域、国家の安全文化として「手術安全」を実行する方法が紹介されています。
次年度の医療安全全国共同行動では、その実施についての案内と、実施する中で生じてくる困難について、これに取り組もうとする病院を支援する計画です。多くの病院で実施されることを期待しています。